2009年05月19日
末は鞍馬の さかさまの世ぞ
先週、鹿児島に行ってきました。尚古集成館にも行きました。そこで、「子どもたちに、、、いにしへのいろはことば」という本を購入してきました。この中に、「日新公いろは歌」47首の人生訓が載っています。450年以上前に作られた歌で、今なお鮮やかに語りかけてくる力に驚かされます。その中に、鞍馬という言葉が目に飛び込んできましたので、紹介させて頂きます。
苦しくと すぐ道を行け 九曲折(つづらおり)の
末は鞍馬の さかさまの世ぞ
(苦しくても、正しい道を歩みましょう。
楽な方をえらび 曲がったことをしていると、
その結果は自分の身を ほろぼすことになります。)
「九曲折」とは、曲がりくねった坂道の意。「鞍馬」は山城の国の鞍馬山のことで、「さかさま」の「さか」にことばのあやでつづいている。即ちこの歌の意は、どんなに苦しいことがあっても、正しい道を歩め。もし、苦しいことに負けて、曲がったことを行けば、末はさかさまの世になって自分の身を滅ぼすことになる。どんな時にも境遇におし負かされることなく、自分の信念にむかって邁進しなければならない。
苦しくと すぐ道を行け 九曲折(つづらおり)の
末は鞍馬の さかさまの世ぞ
(苦しくても、正しい道を歩みましょう。
楽な方をえらび 曲がったことをしていると、
その結果は自分の身を ほろぼすことになります。)
「九曲折」とは、曲がりくねった坂道の意。「鞍馬」は山城の国の鞍馬山のことで、「さかさま」の「さか」にことばのあやでつづいている。即ちこの歌の意は、どんなに苦しいことがあっても、正しい道を歩め。もし、苦しいことに負けて、曲がったことを行けば、末はさかさまの世になって自分の身を滅ぼすことになる。どんな時にも境遇におし負かされることなく、自分の信念にむかって邁進しなければならない。