2008年12月10日

吹毛の剣

 風邪をひいてしまいました。この年で、声変わりしています。皆さん体調不良なのか、忘年会なのか、私の体調を思ってか、今日の稽古にいらっしゃった人数は少なかったです。お忙しいことと思いますが、是非稽古に励んでください。
 禅語入門という本の中に、「吹毛の剣」(すいもうのけん)という禅語がありました。大切なことをまっすぐに受け取る力、ことの本質に気づく力のことです。
 指導者というものは、部下の力量や性格を咄嗟に見極める力量を要求されます。仮に日常の対人関係で、相手の心のかすかな動きが見えてきたら、相手を読み取る力がついたということであり、同時に相手によって自分の読み取る力が養成されたということでしょう。
 「吹毛の剣」というのは、風などに吹かれて揺れている毛をスッパと切る、とても鋭い剣のことです。それは空の心でいるときには、対象をただちに読み取る力があるということも示しており、「碧巌録」にある禅語です。
 棟方志功さんが、年末に友人にお金を借りに行くのですが、借金のことが言い出せなくて、帰るといったところ、友人は、「この寒空にスーツだけでは寒すぎる。僕はコートを二着持っているからひとつ着ていきたまえ。」と着せてくれます。その後家を出て、「とうとう借金のことをいえなかった。」と後悔しながら、コートのポケットに手を入れると紙屑のようなものが手に触り、取り出してみると、紙幣が2枚折れて入れてあったという話です。「あいつばかだな。お札を入れたまま人にコートをくれた。」と思った瞬間に気づいたのです。「あいつ、俺が借金に行ったのがわかったんだ。俺がいい出せなかったから、コートに入れてくれたんだと。」
 その友人が棟方さんの心を理解したのは、「吹毛の剣」だったからでしょう。
 相手の心を読み取るときに、こちらが自由、無心でないと、自分の思い込みという色眼鏡が判断を狂わせます。相手と自分の、両方のこだわりから自由になって物事をはっきりと見極める力は、覚めた心と、純粋な目的意識でしょう。澄んだ目的意識があれば、相手も自分も空の目で見極められるでしょう。中野東禅著「禅語入門」より
 この「吹毛の剣」を稽古に応用できれば、と思い長々と書いてしまいました。よくよく研究すべし、ですね。


shuseikan at 23:04│Comments(0)

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