2008年12月03日

明鏡止水

  澄めば澄む 澄まねば澄まぬ 我が心 
    澄ませば清き 月も宿らん 「禅林世語集」

 心という鏡はもともと清浄なものであるが、雑多な煩悩妄想によって曇らされ、そのために、ものをそのまますなおに映すことが出来ず、たとえ映ったにしてもはっきりと見えないため、しばしば判断を誤る。その曇りを取り除くには心を静め、本来の清浄な心に立ち返ることが第一とされる。
 水に映る月影も水が静止していれば見事に映るが、動けば動くほど千々に散り乱れてしまう。心を磨かれた鏡のように、澄み切った静止した水のようにするには、常に磨くとともに静かに安定させるのが何よりで、座禅の功徳は「一寸坐れば一寸の仏」と古人も言われているように、身をもってまず正しい方法で呼吸を調え、坐ってみるよりほかはない。
 心の平静ということは大事なことだが、ただそれだけが禅の最終目標ではない。せめて明鏡止水の如く常に淡々とした心境でありたい。
         崎山崇源著「禅の教え」より

  


shuseikan at 23:04│Comments(0)

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