2010年12月

2010年12月25日

稽古納

 誕生日以来のご無沙汰です。いろいろと忙しく書き込みができませんでした。
 本日は、稽古納めと大掃除でした。大勢で大掃除をすると短時間なのにとても綺麗になりました。参加してくださった方々、この場をかりて改めてお礼申し上げます。誠にありがとうございました。

 話は変わりますが、1週間位前に「剣窓」が届き、その中に、審査の「あともう一歩」の番号が掲載されていました。最初は何となく見ていたのですが、自分の番号は確か○○、ということは相手があともう一歩だったのか、、、、。次の番号は、また自分の相手ではありませんか。私がCで、BとDの方の番号が載っているではありませんか。これはどう解釈すればよろしいのでしょうか。とにかく終わったことをあーだ、こーだ言ったって仕方がありませんが、ちょっとショックでした。よっぽど強そうには見えたということなのでしょうか?私が、いや防具が、、、。

 また話が変わりますが、最近の稽古は袴の裾をあげて両足を大きく出して見えるようにしています。その姿をビデオで見てチェックしているのですが、特に「後ろ姿」が大切ということが改めてわかりました。足の横幅が広い、面打ちの打ち出す角度が右方向へいきすぎている、左足が流れる、右足の踏み込みが高すぎるため遅くなっている等たくさんの情報が見てとれます。後ろ姿をチェックするということは、この年の瀬には大切なことなのではないでしょうか。剣道に限らず。

shuseikan at 23:13|PermalinkComments(1)

2010年12月15日

道場七回忌法要

道場の七回忌法要も大勢の方の参加で無事終了することができました。
誠にありがとうございました。特に、吉田さん親子には、お経をあげていただきましたこと、ここに改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。
七回忌

七回忌


 話は変わりますが、今日で、半世紀生きたことになりました。昔は、人生50年と言いましたが、明日から新たな気持ちで頑張りたいと思いま〜す。

shuseikan at 23:57|PermalinkComments(2)

2010年12月09日

月刊「武道」12月号

 月刊「武道」12月号に「鞍馬流剣術形稽古に思う」という記事が掲載されました。
雑誌武道

雑誌武道

 写真では、わかりずらいので記事をコピぺーしておきます。

月刊武道



 鞍馬流剣術形稽古に思う
        鞍馬流剣術第十八代宗家  柴田章雄

 習成館道場には、「古武道の心」の額が掲げてあります。「古武道の心は、自然の道、人間の道を守る事を中心に、これを礼の心を以って表現するものである。技を仕かける者、受ける者互いに目を離さず、隙なき構えの中に充実した気合を以って、形試合を行なう事が修業の第一であり、その結実は残心(残身)にあるものとする。」これは、小笠原流先代宗家のお言葉と思いますが、古武道を修行する者にとって心に留めておくべき内容と思います。
 鞍馬流剣術も稽古方法が昔より伝承されております。私の代で変えるつもりもありませんし、継承していくことの責務を感じております。ただ、現代は技術革新が進んだ為に昔とは違ってきている点も多々あります。そこに現代における形稽古の重要性があるのではないかと感じて、日頃の形稽古に関して感じていることをここに書かせていただきます。
 現代剣道においても形稽古に力を入れている理由の一つは、竹刀しか知らない人たちが増加したことにより、本来の刀法が忘れられている現状に危機感を募らせてのことと思います。日本剣道形の他に「木刀による剣道基本技稽古法」という九本の形が制定されました。
 中学校の武道必修化もあり、安全性を考慮しゴムでできた刀(ここではゴム刀と言わせていただきます。正式名称は精錬刀)が開発されました。このゴム刀は、当たっても痛くないように先端が軟らかくなっています。中に芯棒が入っていてある程度の打ち合いをしても曲がったりはしません。そのゴム刀を使って「すりあげ技」をすると今までにはない感覚がするのです。木刀同士が当たると摩擦は小さく、感覚も一瞬で終わってしまいますが、ゴムとゴムでは摩擦が大きいので鎬の感覚をつかみやすいという利点があります。このゴム刀を形稽古に使用するようになってから、鎬のとらえ方、イメージがつかみやすくなり、鎬の使い方が今までと比べて格段良くなったのです。
 このように昔はなかった道具を使うことにより、理解に時間がかかっていたことが、短時間で感覚がつかめるという利点が生まれました。また、現代では他流派の木刀も簡単に入手できるようになりましたので、直刀、そりの大きい木刀、重くて太い木刀、袋竹刀など、違う道具を使って同じ形を打って比較することができるようになりました。使用する道具が違うと、同じ形でも全く違った形のようになってしまうことが新たに発見されました。形稽古でもやり方の工夫が必要なのではと常々感じています。
 さて、鞍馬流の「変化」というすりあげ、すり落としの技が、巻き落としに通じるということで、広く知られ研究されています。この技は五本目になりますが、一本目は「正當剣」といって、正しく当てる剣です。どの流派も一本目にその流派の特徴の形を持ってきていることが多いと思います。字の如く正しく剣を当てるには、相手の剣の角度によって打つ側の打ち方(切り方)を変えなくてはいけません。相手の木刀が真横に寝ている状態では、上から容易に打つことは可能ですが、相手の木刀が斜めになっている状態で、こちらが打っていくと、剣の軌道が変えられてしまいます。しかし、斜めであっても当たる瞬間は存在するわけですから、その当たった瞬間の感覚、鎬の感覚が非常に重要になってくるわけです。相手の剣の角度によって曲げられた剣でもまっすぐに切り下ろす、練りこむ稽古が重要なのです。この微妙な感覚を時間をかけずに大まかに理解するには,先ほどのゴム刀は有効な道具であり、このような文明の利器が開発されたことは良いことだと最近感じているところです。
 また、ビデオの活用、とくにスローモーションの活用は形稽古には効果が大きいことです。一瞬で終わってしまう場面も、再生すれば何度でも観ることができます。昔の人が何年もかかって観取り稽古で身に付けた極意を一瞬で手に入れることが可能になったわけです。
 このように、文明の利器を利用することで、時間が掛かっていたことが以前より短時間でかつ容易に身につけることが可能になり、稽古に役立てております。
しかし、その反面、修行で大切にしてきたことを失った面もあるのではないでしょうか。過程を大切にしてきた「道の文化」が軽視されるようでは大変なことです。形稽古も「一より始め十に行き 十より還る元のその一」の教えの如く、修錬の積み重ねにより練り上げた後に、もとの状態に戻り稽古する。この繰り返しを大切にしなくてはいけません。稽古とは、古を稽えるわけですから、流祖や師の教えが自分の技になっているかを分析して、少しでも近づけるように修錬を積むことが大切なことです。


shuseikan at 00:32|PermalinkComments(0)

2010年12月06日

七回忌

 ご無沙汰しています。審査が終わって気が抜けてしまいました。10日ぶりです。
 さて、昨日は前館長七回忌法要を親戚で行いました。12月13日は、前館長の命日ですが、今年は丸六年になりますので、七回忌にあたります。道場関係者の方々には、当日が月例会ですので、稽古は19:30に終了して20:00から故人を偲ぶ会を開催いたします。皆さん奮ってご参加下さいませ。また、今年最後の月例会にもなりますので多くの方のご参加をお願いいたします。
 このブログをご覧になっている方で、先代館長と関わりのある方がいらっしゃいましたら、是非ご参加下さいませ。大勢の方々のご参加をお願いしたいと思いますので、皆さん周りの方にお声を掛けていただきたくお願い申し上げます。宜しくお願いいたします。
 12月13日(月)の予定
  18:00から19:30まで稽古
  20:00から簡単なセレモニーを行った後、
  いつものような月例会を行います。



shuseikan at 23:08|PermalinkComments(0)
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