2009年07月

2009年07月15日

心をしっかり持つ

25690a92.jpg 今日、原宿に行く機会がありました。明治神宮の原宿口にある大きな看板が目に止まりました。思わず、立ち止まって写真を撮ってしまいました。

 かたしとて 思ひたゆまば なにごとも
 なることあらじ 人の世の中 (明治天皇)

 目標に向かって心をしっかり持ちましょう

 心をしっかり持つってことは、大切なことだなと思いながら歩いていると、心をしっかり持つってことは、どういうこと?という疑問が湧いてきました。それは、人によって答えが違ってくることだと思うので、自分なりのしっかり持つを追い求め続けることなのかなーとか思いながら歩いていました。何気ない看板も意識して見ていると、考えるべきことがいっぱいあるのだなーと思いました。


shuseikan at 00:31|PermalinkComments(0)

2009年07月14日

暁天講座

 かたよらない心、こだわらない心、
 とらわれない心、広く広くもっと広く、
 これが般若心経、空の心なり。

 昨日ブログに書いた言葉を唱えてきました。
 今朝5時起きして、6時半から薬師寺東京別院の暁天講座に参加して声高らかに唱えてきました。1時間大谷徹奘執事の『心のしくみ』の法話を聞いてきました。
 「心静かに考えろ」「静慮行」について
 1 自分に与えられているものを喜んで受け止め活かしているか。
 2 初心信念を貫いているか。
 3 「相手の人にも心あり」を忘れてないか。
以上3つが、苦しみを抜いてくれる方法です。剣道の稽古にも活かせそうですよ。よくよく研究すべし。


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2009年07月12日

拘り

 こだわる、拘り、こだわれ、今この言葉にこだわっています。何か洒落のようになってしまいましたが。
 色々な状況で判断をする際に、自分に拘って、自分を守ろうとしがちになります。正しい判断ができないのも自分の置かれた状況に縛られているからですね。
 無意識のうちに自分に拘って、自分というものを守ろうとするのです。
 でもそれは、自分に対しての関心の薄さ、無知の表れなのですね。自分自身をもっとよく見つめて、客観的に自分を見て、自分の限界を理解し、己を捨てて前進する。
 このことを今、剣道の面にこだわる、に置き換えて考えています。面を打つ瞬間の心とは、之如何に?面に拘りすぎてはいけない、しかし面に拘る、拘り抜いた結果拘らない心、無心の心にいきつくのでしょうか。よくよく吟味すべしですね。武蔵様。

 かたよらない心、こだわらない心、
 とらわれない心、広く広くもっと広く、
 これが般若心経、空の心なり。
 (薬師寺)


 自分というものを捨て去って、
 何が正しいかを考え、
 なすべきことをなしていくところに、
 力強い信念なり勇気が沸き起こってくる。
 (松下幸之助)

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2009年07月09日

巻物

f2f1b8d7.jpg 今日嬉しいメールが届きました。山形県から鞍馬流の巻物の写真を送付して頂きました。柴田衛守の花押が入った目録です。大正8年の日付が入っていますので、90年ぶりに里帰りしたことになります。プリントアウトして、仏壇に供えさせていただきました。戦災で鞍馬流の資料はほとんど焼失していますので、今になって巻物の内容が見られたということは貴重なことでした。これも、昨年秋にホームページを開設したお陰ですね。わざわざご連絡を頂き、写真を撮ってメールで送信していただきましたこと、この場を借りてお礼申し上げます。誠に有難うございました。

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2009年07月05日

言志四録

 昨日の歌の作者、佐藤一斎について調べてみました。

『生涯学習研究e事典』日本生涯教育学会
  上寺康司著より抜粋。
 佐藤一斎(1772年〜1859年)は,江戸末期の儒学者であり,70歳にして昌平坂学問所の儒官となり,88歳にて没するまで知力・気力の衰えることなく,同学問所の学問と教育を主宰した人物であり、一斎自らが生涯教育,生涯学習の体現者であったといえます。
 一斎の生涯学習論は,彼の名著ともいえる『言志四録』にみられます。
 『言志録』 42歳1813年以後、11年間で246条
 『言志後録』57歳1828年以後、10年間で255条
 『言志晩録』67歳1838年以後、12年間で292条
 『言志耋録』80歳1851年以後、2年間で340条
全編で1133条で構成されています。
 『言志四録』は一斎の40代前半までの自らの人生の経験と学問修養とそれに基づく思索をふまえて書き始め,50代,60代,70代,80代と学問修養と人生経験をさらに深めながら書き記したもの。換言するならば一斎自身の生涯教育,生涯学習の軌跡であり、一斎の人間としての学びの修養・工夫からにじみでた随想録,人間としての在り方生き方を指南した人生の書として,時代を越えて多くの人々に読み継がれきました。『言志四録』の歴史的な影響としては,西郷隆盛を始め多くの明治維新を実現した幕末の志士たちに愛誦されたことがあげられます。特に西郷隆盛は『言志四録』から101条を抜粋,抄録し,絶えず座右に置き,自らの行動の指針としました。今日もなおも多くの人々が理想のリーダー像と認める西郷隆盛の在り方生き方に影響を及ぼしたことは,一斎の『言志四録』に見られる思想の実践性を物語っています。また『武士道』の著作で知られる新渡戸稲造も明治44(1911)年に出版した『修養』の中で,随所に佐藤一斎の『言志四録』を引用しています。  生涯学習の根本として引用されるのが『言志晩録』第60条です。

 「少(わか)くして学べば,則ち壮にして為す有り。
  壮にして学べば,則ち老ゆとも衰へず。
  老いて学べば,則ち死すとも朽ちず。」

 佐藤一斎の生涯学習論では,生涯学習を人間の生涯にわたる「学び」ととらえています。この学びとは,人間が充実した人生を送るためには自らを磨き続けることです。人間が学ぶためには,人間が自己の充実を目指して自らを磨き続けるためには,自らの心の中に打ち立てる確固たる目標が必要となります。それは志です。
人間が生涯にわたって学び続けるためには確固たる志を立てること,すなわち立志が必要であり、この立志こそ,人間の学びの意欲を沸き起こさせ,学びを推進していくパワーとなります。立志を換言するならば,人間が充実した人生を送るために自ら学ぶことの意味を認識することであり、そのためには自己省察が必要となります。 『生涯学習研究e事典』より参照
 
 幕末の志士たちにも愛誦されていた『言志四録』、これから時間をかけてじっくりと読んでいきたいと思っています。生涯剣道にもたくさんのことが通じています。みなさんもこの機会に読んでみてはいかがですか。

 

shuseikan at 08:23|PermalinkComments(0)

2009年07月04日

月を看る

 古来より、さまざまな道の極意を示す喩えとして、好んで月をめぐる比喩が用いられてきましたが、何故なのでしょうか。
 日本武道館発行の菅野覚明著「武士道に学ぶ」P189より。
 江戸時代の儒教的な武士道は、修行の目標を天との一体化に求めました。この天と一つになるということには、二つの意味があります。一つは、あらゆる変化に通じて変わらない、確実な拠り所を手に入れるという意味合い。もう一つは、自己の行い、振る舞いが、天地とともに悠久であるという確信を手に入れること、天は、一定であると同時に不変であります。修行の目標は、天のあり方なのです。

 人の月を看る、皆徒(いたずら)に看るなり。
 須(すべか)らくここにおいて、宇宙無窮の概を
 想うべし。
        (佐藤一斎 「言志録」)

 多数の人は、実はただ漫然と月を見ているだけで、ただ月ばかりを見ていて、月の背景をなすところの空なる下地、すなわち見えない天そのものに思い至っていないということ。人間は、「動いている物」は見えるけれども、「物の動き」の方は見えにくいのです。月を見るときに本当に見なければならないのは、月そのものではなく、見えない動きのほうである。つまり、見るべきは天の働きのあり方にこそあるというのが、佐藤一斎の目のつけどころなのです。月の背景になっている、何もない空なる宇宙、その宇宙無窮の同一性、持続性を思うことこそが、月を見るということなのだ。道というものが、天に根拠づけられていることは、まさに疑い得ない事実として、目の前にあらわれているのです。
 内容が高度で、ちゃんと理解するのは大変ですが、今日この本を読んでいたら気になった所なのです。剣道の稽古、目付けに応用できないか、などと考えながら稽古をしました。
 今日7月3日は、祖父の命日でした。修行の目標のプレゼントを貰ったのかもしれませんね。がんばりま〜す。 

shuseikan at 00:12|PermalinkComments(0)
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