2008年12月

 「禅の思想と剣術」p314に、柳生十兵衛が、『月之抄』の末尾で次のように極意について総括しているのが載っています。以下、訳文です。  この無心の心を散らさず、千手万手、事理ともに無心の心にさせるのである。相手から、動けば、この心がなすのである。この心のま ...

 風邪をひいてしまいました。この年で、声変わりしています。皆さん体調不良なのか、忘年会なのか、私の体調を思ってか、今日の稽古にいらっしゃった人数は少なかったです。お忙しいことと思いますが、是非稽古に励んでください。  禅語入門という本の中に、「吹毛の剣」 ...

 習成館では、月例会と称して、第2月曜日に稽古の後に道場で親睦会をしています。飲み会です。会費は千円、皆様の持ち込み、差し入れもあり、内輪で盛り上がって剣道談議に花を咲かせる会です。今日の稽古をスクリーンに大きく映して、それを見ながら先生、先輩、兄弟子か ...

 剣と人と宇宙と  講演会を聞いてきました。松井先生は、「剣と宇宙ーその道を極めん」という題で、講演されました。自然とは、宇宙の歴史を記録した古文書のようなものであり、自然を解読するということは、古文書解読と同じである。20世紀までに人類が獲得した「智の ...

 直指人心(じきしにんしん)  直指とは直にそのものをずばりとらえるの意で、禅のねらうところは「心とはどういうものであるか」と知ろうとするものではなく、ずばり自らの心の本体を自らでとらえることによって、自性を徹底発見することをもってまず出発とする。禅では ...

  澄めば澄む 澄まねば澄まぬ 我が心      澄ませば清き 月も宿らん 「禅林世語集」  心という鏡はもともと清浄なものであるが、雑多な煩悩妄想によって曇らされ、そのために、ものをそのまますなおに映すことが出来ず、たとえ映ったにしてもはっきりと見え ...

 剣道で重視する先々の技について、柳生十兵衛は次のように宗矩の言葉を書き留めています。  これ(先々)が勝つときの極意である。兵法の最高である。習いの数々もここに到達するためのものである。ここに到達すれば、習ったことはみな非(間違い)となり、下手なやり方 ...

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