2008年11月27日

歩歩是道場

 「歩歩是道場」  
         趙州(じょうしゅう)の言葉です。
 どこにいても、そこが道場、人生修行の場だ、という意味。歩々とは、行住坐臥、いつでも、どこでも、だれでもということでしょう。
 お釈迦様は、「十二縁起」ということを説いています。「般若心経」に出てきます。
 イ、深層の自我意識
  〔橘澄ΑΑγ侶辰無い、根本的なエゴのこと。
  行・・・・そのエゴで行った、心の習慣のこと。
 ロ、自我意識の成立
  識・・・・認識、意識のこと。
  ぬ梢АΑΑβ仂櫃箸靴討諒事や、意識の土台と
        してある生命のこと。
  ハ仔・・・六つの感覚器官(六根)のこと。
  触・・・・外界と接触する働きのこと。
  Ъ・・・・感受する能力のこと。
 ハ、自我意識の現象
  ┛ΑΑΑΑβ仂櫃篌己に対する愛着の働きの
        こと。
  取・・・・それによってこだわること。
  有・・・・自己があるという思いのこと。
 二、自我の行為と結果
  生・・・・それによって生きがいを持つこと。
  老死・・・その生きがいを行うとそれ相応の
        苦労が伴う、ということ。
 以上が「十二縁起」で、人間の行為と、その結果の縁起を示しています。
 ここでわかるのは、〔橘世ら有の自己意識までの多くの条件の上に立って、生きがいが成立しているということです。そして、そこに知性が働き愚かさにこだわらなければ、よかったといえる生き方を実現でき、愚かになれば苦しみを輪廻する構造が明らかになっています。人生の自己責任を知恵をもって生きましょう。
 どこにいても、そこが道場、人生修行の場。修行とはわれを尽くすことなり。人は、自分の立場、自分の役目、自分の信念、自分の選んだ道を背負って生きているのです。そこで、最善を尽くすのが、いただいた命を生かしきる生きざまでしょう。社会生活の人生修行でも、剣道修行でも同じで、「われを尽くすこと」だと思います。
       中野東禅著 「禅語入門」より






shuseikan at 22:45│Comments(0)

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
習成館Official sie
習成館活動予定表
ガジェットギャラリー
livedoor 天気