2008年11月26日

昇段審査と生涯剣道

「仏道は初発心のときも仏道なり、
    成正覚のときも仏道なり、
       初中後とも仏道なり」  
          「正法眼蔵」説心説性より

 ぶつどうはしょほっしんのときもぶつどうなり、
  じょうしょうがくのときもぶつどうなり、
   しょちゅうごともぶつどうなり


 大乗仏教では、「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうしつうぶつしょう)」といい、人間はすべからく生まれながらにして仏性=理想的な人格者になりうる素質を備えていると説く。人間は修行によってはじめて覚るものではなく、すでにして生まれたときから覚っている。
 人間には豊かな仏性が備わっているが、その仏性は磨かないことには、明らかにあらわれないものなのだ。
 学問や宗教を深めていく上で、危険なのは、いまの自分の鈍足なあり方に失望することだ。自分には能力がないと簡単にあきらめ、千里の先に輝く頂きをめざす意欲を喪失することだ。
 しかし、はじめて発心したときの仏道(剣道)も、修学途中の仏道(剣道)も、悟ったのちの仏道(剣道)もみな同じと考えたらどうだろう。
 千里の道を歩ききるためには、最初の一歩、最後の一歩、いやどの一歩をとっても等価値ではないか。千里の道一歩一歩のなかにあらわれており、どの一歩が欠けても千里の道を踏破することは不可能となる。
 こうして初心者にも勇気を与え、鼓舞したのち、道元は悟りには奥行きがないから絶えず修行につとめよという「証上の修」という独特の論理を展開した。道元は、人間は鍛えればどこまでも向上するものだと力強い啓示を与え続けている。           百瀬明治著  「名僧百言」より
 
 今年の昇段審査も終わりに近づいています。前館長は、ちょうど10年前の今日11月26日に、74歳で8段審査に合格しました。あれから、ちょうど10年です。
 私の恩師であり、父と同級生のI切先生は、今年も元気に8段審査を受審されました。結果は残念でしたが、1日目の受審者の最高齢でした。これからも元気で挑戦していただきたく思います。これからも生涯剣道の見本をお示し下さいませ。
 


shuseikan at 23:05│Comments(0)

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