2010年08月21日

ノロハヤの太刀

 剣道日本1984,10月号P139に柴田衛守の話が載っています。

 柴田衛守は小沢愛次郎に向かって、ノロハヤの太刀を遣いなさい、と説いた。柴田のいうノロハヤの太刀とはどういうものであるかを、愛次郎は彼の「内原剣話」の中で次のように解説している。

 ノロくてハヤい太刀というのは、文字通り早わざに対しては落ち着いてノロく、ノロい人に対しては早い太刀を遣えということで、要するに相手の出様によって、こちらで自由に扱わねばならぬことをいったものです。それにはまた「両者の間に糸を張っているように懸る人を休ませてはいけぬ。出て来れば下り、下れば出てせめるというようにピーンと糸を張るようにやれ」と私は教わりました。それにはこちらに「残心」の心持ち、一本打ってもまた懸るぞという心持ちがないとそれができない。ウッカリすると居付いてコチラも休んでしまうからダラダラ稽古が長くなる。「懸中待 待中懸」とか「其ノ來説ヲ避ケテ、其ノ惰気ヲ打ツ」とかいうのは残心をあらわした言葉である。こういうふうに稽古をすると、弟子どもは休んではいけない所がわかるようになる。
 「マァ子どもがかかって来るのを子どもが面白い(と思う)ように上手に遣えるようでなくては駄目だ。元に立つ人は、せめすぎては子供が縮こまってしまう。三本に一本、二本打たせて一本打つくらいがいい」といわれましたよ。打たせるといっても気を抜かず態度をくずさずにやる。もちろん相手におびやかされては駄目。いい技が来たら打たせ、引き出してはまた追い込むようにする。

 そして、上のように述べたあと、小沢愛次郎は「すべてこういう稽古は気当たりの剣道がわかると遣えるようになる。ペテン稽古やブッタタキじゃあわからないね。」と結論している。つまりはヘソを竹刀に載せろといった菊地為之助の言葉が気当たりの剣道の精神とすれば、ノロハヤの太刀を遣いなさいといった柴田衛守の言葉は気当たりの剣道の実技なのであった。両者の意見は、共に同一線上に位置している。

 皆さん、参考になりましたか?よくよく吟味すべしですね。


 


shuseikan at 21:11│Comments(0)

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