2010年08月12日

左手親指は下を向けろ

 ご無沙汰していました。夏休みでゆっくりしています。とは言っても、普段できない大掃除をしているところです。現在進行形ですが、、。掃除をしながらふと剣道の本が出てくるとちょっと見てしまって、なかなか掃除の方ははかどりませんが、発見がありました。その中で、「剣道八十年」剣士小沢丘自伝より、柴田衛守の記事を見つけました。この本は、昭和57年10月31日発行、著者八十二歳の誕生日発行、の自伝です。

 故柴田衛守先生 警視庁主席師範 習成館長 愛知県出身

 愛知県豊橋生の人。早く江戸に出て警視庁に勤む。四谷左門町に習成館という道場を建て子弟を教育した。小柄な方だったが、上段で門奈先生を三隅に追い込んだということである。愛知県から上京した頃は苦労をした。竹刀を売って、生活の資としたとも聞いている。先生は左手の握り方を特別やかましく言われた。左手の親指が下を向いていなければ不可、横を向いていては駄目だとやかましかった。三河藩家老の出、金子師につき鞍馬流を継承した。鞍馬流十四代の宗家であり、頑固な人で、毛抜きでヒゲを一本々々抜いて顔に毛が一本もなかった。警視庁の時、長坂忠哉、菊地為之助先生と同格の三級の大先生で、晩年は警視庁主席師範であった。柴田勧(警視庁師範)先生は衛守先生の長男で親子二代警視庁師範は稀らしい。教士七段柴田鉄雄高校長は先生の孫である。
 「剣道八十年」剣士小沢丘自伝 p239より




shuseikan at 22:10│Comments(0)

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