2009年09月04日

大会準備

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 いよいよ明後日になってしまいました。前日だとばたばたするので、稽古後準備をしてしまいました。
 紅白幕、第20回柴田杯剣道大会の看板、本日書いたものです。あまりうまく書けませんでしたけど。

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2009年09月03日

記念品

 第20回柴田杯剣道大会の記念品の用意ができました。
記念品
 ウイスキーグラスですが、勿論日本酒でもワインでも、飲めない方はソフトドリンクでもOKです。何か記念になるものを是非作りたいと、T子伯母さん(89歳)の希望で実現いたしました。本人は、春に体調を崩し現在も入院中で、20回の大会を一番楽しみにしていましたが、当日は、まだ入院中で、退院までもうしばらくかかるので出席できません。そこで、本人の強い希望で「ご参加頂いた方々の皆様方に是非記念品をプレゼントしたい。」「費用も自分が持つ。」ということで、このグラスを作製することになりました。誠に有り難いことです。習成館道場に対する強い気持ちの表れなのですね。考えてみれば、大正7年に現在地に新しく道場をと云う事で移転してきて、2年後に生まれて、初代衛守、2代目勧の稽古を身近に見てきた生き証人なのですから道場に対する思いは誰よりも一番強いのだと思います。
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グラスには、初代衛守の歌の下の句、「ただねり込みて 功をつむべし」、習成館 面の絵 が描かれています。
 文鎮とかも考えたのですが、昇段祝いの乾杯用に、それぞれの思いを込めて飲んで頂きたく用意させていただきました。使って頂けると幸いです。


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2009年08月31日

大会の出欠

 柴田杯の準備をしていた所、ご案内の通知がもれている方がいらっしゃることがわかりました。誠に申し訳ありませんでした。第20回柴田杯剣道大会は9月6日、今度の日曜日に開催いたしますので、手違いでご案内が行かなかった方がいらっしゃいましたら、これを読んで知った方もご連絡を頂きたいと思います。
 ご連絡が行かなかった方には他意はございませんので、どうかお許し頂ければ幸いです。どうもすいませんでした。

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2009年08月25日

求める稽古

 しばらくのご無沙汰でした。ずーと、夏休みだったわけではありません。道場の稽古は、例年よりも休みは少ないのです。では、今まで何をしてたかって?ご想像にお任せすることにして、昨日は、全剣連の稽古会に参加させて頂きました。この1,2年で八段に合格された、若い八段の先生方3人に稽古を頂くことができました。その後、急いで帰宅し道場の稽古に出ました。皆さん、求めて稽古しているんですね。何段であろうが。求め方、求める度合いは、人によって違いはありますが、求め方は段位とは、関係がないように感じました。求め続けている人が最後には大成するのですね。私も頑張って、求め続けて行こうと思います。今日は良い稽古を頂きました。

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2009年08月02日

夏休み

 一週間夏休みに入りますので、習成館活動予定表をご覧いただき、お間違えのないようにお願い致します。
 次回の稽古は、8月10日(月)月例会からとなります。

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2009年07月15日

心をしっかり持つ

25690a92.jpg 今日、原宿に行く機会がありました。明治神宮の原宿口にある大きな看板が目に止まりました。思わず、立ち止まって写真を撮ってしまいました。

 かたしとて 思ひたゆまば なにごとも
 なることあらじ 人の世の中 (明治天皇)

 目標に向かって心をしっかり持ちましょう

 心をしっかり持つってことは、大切なことだなと思いながら歩いていると、心をしっかり持つってことは、どういうこと?という疑問が湧いてきました。それは、人によって答えが違ってくることだと思うので、自分なりのしっかり持つを追い求め続けることなのかなーとか思いながら歩いていました。何気ない看板も意識して見ていると、考えるべきことがいっぱいあるのだなーと思いました。


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2009年07月14日

暁天講座

 かたよらない心、こだわらない心、
 とらわれない心、広く広くもっと広く、
 これが般若心経、空の心なり。

 昨日ブログに書いた言葉を唱えてきました。
 今朝5時起きして、6時半から薬師寺東京別院の暁天講座に参加して声高らかに唱えてきました。1時間大谷徹奘執事の『心のしくみ』の法話を聞いてきました。
 「心静かに考えろ」「静慮行」について
 1 自分に与えられているものを喜んで受け止め活かしているか。
 2 初心信念を貫いているか。
 3 「相手の人にも心あり」を忘れてないか。
以上3つが、苦しみを抜いてくれる方法です。剣道の稽古にも活かせそうですよ。よくよく研究すべし。


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2009年07月12日

拘り

 こだわる、拘り、こだわれ、今この言葉にこだわっています。何か洒落のようになってしまいましたが。
 色々な状況で判断をする際に、自分に拘って、自分を守ろうとしがちになります。正しい判断ができないのも自分の置かれた状況に縛られているからですね。
 無意識のうちに自分に拘って、自分というものを守ろうとするのです。
 でもそれは、自分に対しての関心の薄さ、無知の表れなのですね。自分自身をもっとよく見つめて、客観的に自分を見て、自分の限界を理解し、己を捨てて前進する。
 このことを今、剣道の面にこだわる、に置き換えて考えています。面を打つ瞬間の心とは、之如何に?面に拘りすぎてはいけない、しかし面に拘る、拘り抜いた結果拘らない心、無心の心にいきつくのでしょうか。よくよく吟味すべしですね。武蔵様。

 かたよらない心、こだわらない心、
 とらわれない心、広く広くもっと広く、
 これが般若心経、空の心なり。
 (薬師寺)


 自分というものを捨て去って、
 何が正しいかを考え、
 なすべきことをなしていくところに、
 力強い信念なり勇気が沸き起こってくる。
 (松下幸之助)

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2009年07月09日

巻物

f2f1b8d7.jpg 今日嬉しいメールが届きました。山形県から鞍馬流の巻物の写真を送付して頂きました。柴田衛守の花押が入った目録です。大正8年の日付が入っていますので、90年ぶりに里帰りしたことになります。プリントアウトして、仏壇に供えさせていただきました。戦災で鞍馬流の資料はほとんど焼失していますので、今になって巻物の内容が見られたということは貴重なことでした。これも、昨年秋にホームページを開設したお陰ですね。わざわざご連絡を頂き、写真を撮ってメールで送信していただきましたこと、この場を借りてお礼申し上げます。誠に有難うございました。

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2009年07月05日

言志四録

 昨日の歌の作者、佐藤一斎について調べてみました。

『生涯学習研究e事典』日本生涯教育学会
  上寺康司著より抜粋。
 佐藤一斎(1772年〜1859年)は,江戸末期の儒学者であり,70歳にして昌平坂学問所の儒官となり,88歳にて没するまで知力・気力の衰えることなく,同学問所の学問と教育を主宰した人物であり、一斎自らが生涯教育,生涯学習の体現者であったといえます。
 一斎の生涯学習論は,彼の名著ともいえる『言志四録』にみられます。
 『言志録』 42歳1813年以後、11年間で246条
 『言志後録』57歳1828年以後、10年間で255条
 『言志晩録』67歳1838年以後、12年間で292条
 『言志耋録』80歳1851年以後、2年間で340条
全編で1133条で構成されています。
 『言志四録』は一斎の40代前半までの自らの人生の経験と学問修養とそれに基づく思索をふまえて書き始め,50代,60代,70代,80代と学問修養と人生経験をさらに深めながら書き記したもの。換言するならば一斎自身の生涯教育,生涯学習の軌跡であり、一斎の人間としての学びの修養・工夫からにじみでた随想録,人間としての在り方生き方を指南した人生の書として,時代を越えて多くの人々に読み継がれきました。『言志四録』の歴史的な影響としては,西郷隆盛を始め多くの明治維新を実現した幕末の志士たちに愛誦されたことがあげられます。特に西郷隆盛は『言志四録』から101条を抜粋,抄録し,絶えず座右に置き,自らの行動の指針としました。今日もなおも多くの人々が理想のリーダー像と認める西郷隆盛の在り方生き方に影響を及ぼしたことは,一斎の『言志四録』に見られる思想の実践性を物語っています。また『武士道』の著作で知られる新渡戸稲造も明治44(1911)年に出版した『修養』の中で,随所に佐藤一斎の『言志四録』を引用しています。  生涯学習の根本として引用されるのが『言志晩録』第60条です。

 「少(わか)くして学べば,則ち壮にして為す有り。
  壮にして学べば,則ち老ゆとも衰へず。
  老いて学べば,則ち死すとも朽ちず。」

 佐藤一斎の生涯学習論では,生涯学習を人間の生涯にわたる「学び」ととらえています。この学びとは,人間が充実した人生を送るためには自らを磨き続けることです。人間が学ぶためには,人間が自己の充実を目指して自らを磨き続けるためには,自らの心の中に打ち立てる確固たる目標が必要となります。それは志です。
人間が生涯にわたって学び続けるためには確固たる志を立てること,すなわち立志が必要であり、この立志こそ,人間の学びの意欲を沸き起こさせ,学びを推進していくパワーとなります。立志を換言するならば,人間が充実した人生を送るために自ら学ぶことの意味を認識することであり、そのためには自己省察が必要となります。 『生涯学習研究e事典』より参照
 
 幕末の志士たちにも愛誦されていた『言志四録』、これから時間をかけてじっくりと読んでいきたいと思っています。生涯剣道にもたくさんのことが通じています。みなさんもこの機会に読んでみてはいかがですか。

 

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2009年07月04日

月を看る

 古来より、さまざまな道の極意を示す喩えとして、好んで月をめぐる比喩が用いられてきましたが、何故なのでしょうか。
 日本武道館発行の菅野覚明著「武士道に学ぶ」P189より。
 江戸時代の儒教的な武士道は、修行の目標を天との一体化に求めました。この天と一つになるということには、二つの意味があります。一つは、あらゆる変化に通じて変わらない、確実な拠り所を手に入れるという意味合い。もう一つは、自己の行い、振る舞いが、天地とともに悠久であるという確信を手に入れること、天は、一定であると同時に不変であります。修行の目標は、天のあり方なのです。

 人の月を看る、皆徒(いたずら)に看るなり。
 須(すべか)らくここにおいて、宇宙無窮の概を
 想うべし。
        (佐藤一斎 「言志録」)

 多数の人は、実はただ漫然と月を見ているだけで、ただ月ばかりを見ていて、月の背景をなすところの空なる下地、すなわち見えない天そのものに思い至っていないということ。人間は、「動いている物」は見えるけれども、「物の動き」の方は見えにくいのです。月を見るときに本当に見なければならないのは、月そのものではなく、見えない動きのほうである。つまり、見るべきは天の働きのあり方にこそあるというのが、佐藤一斎の目のつけどころなのです。月の背景になっている、何もない空なる宇宙、その宇宙無窮の同一性、持続性を思うことこそが、月を見るということなのだ。道というものが、天に根拠づけられていることは、まさに疑い得ない事実として、目の前にあらわれているのです。
 内容が高度で、ちゃんと理解するのは大変ですが、今日この本を読んでいたら気になった所なのです。剣道の稽古、目付けに応用できないか、などと考えながら稽古をしました。
 今日7月3日は、祖父の命日でした。修行の目標のプレゼントを貰ったのかもしれませんね。がんばりま〜す。 

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2009年06月25日

読書中

 ご無沙汰していました。随分と書き込みをしていませんでした。
 剣道雑誌が送られてきましたが、八段合格者のお話の中で、目標を持って稽古する、意識する、分析する、如何にしたら合格できるか、等々勉強になることが一杯書いてありました。じっくり読んで研究したいと思います。 

 目標を持って生きることは充実した生活をおくるために役立つ。「自分を育てる」ことを自分の人生目標に加えてみること。すると、自分を育てることは幸せに暮らす習慣や能力を向上させる。日常生活で遭遇する問題を自分を育てる材料とし、目標を持ってそれを実現するために努力する。そういう心構えと経験が自分を育てる。自分を育てなければ、昇段は望めない。ですよね。

 目的は、目標を具体化し、面白くする。目的に支えられない目標は、面白くないし、楽しくない。目的とは、理念であり、生き方である。人生の目的は、理屈の脳で捏ね上げるものではなく、心で感じるものである。では、どうしたら、人生に生きる意味と価値を与えてくれるような、素晴らしい目的を持てるのだろうか。
 「人生の目的が見つかる魔法の杖」より
だだいま、この本を読書中。では、また。




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2009年06月11日

第20回柴田杯

 第20回柴田杯剣道大会を9月6日(日)に開催することになりました。お忙しいこととは存じますが、予定しておいて頂ければ幸いです。関係各位には改めてご案内をさせていただきます。今年は20回目の節目の年になりますので、例年以上に盛大に開催できればと思っておりますので、よろしくお願い申し上げます。



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2009年06月04日

稽古をさぼるとは何事か

 日曜日に、祖母の33回忌法要を行ないましたが、今日が命日です。
 私が高校1年の時だったと記憶しています。小さい頃から、かわいがってもらった記憶が多いのですが、一つだけすごく怖いイメージが未だに焼きついて残っています。それは、小学生3?,4?年生の頃、剣道の稽古をずる休みしたときのことです。その当時は、家には道場がなく、四谷警察へ稽古に通っていました。何で稽古に行かなかったかは、今ではわかりませんが、稽古を休んで押入れの中に立てこもっていたとき、祖母の春江おばあさんが、いつもはとても優しいのですが、このときだけは、おにばば?(ごめんなさい)のような形相で押入れの前に立って一歩も引かない状況が記憶に残っているのです。その後、押入れから、引きずり出されて、「うちは、今では道場がないが、剣道の稽古をさぼるとは、何事か?」と叱責されたのを覚えています。後にも、先にもこの一回だけの記憶が強烈に残っているのです。
今では、お蔭様で自宅に道場が復活してやっておりますが、その当時の祖母、父の気持ちを考えると、、、、、。柴田家、そして習成館の関係者の並々ならぬ努力で道場が再興されたことを考える一日となりました。合掌。

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2009年05月25日

月刊[武道」5月号 

cc27113d.JPG月刊[武道」5月号p163「古武道のひろば」に掲載されましたので、以下に紹介させていただきます。

 池上本門寺で奉納演武  鞍馬流剣術

 平成21年2月19日に鞍馬流第18代宗家・習成館館長柴田章雄先生による講演と奉納演武が、日蓮宗大本山 東京 池上本門寺にて行われました。

この企画は、主催者である日蓮宗全国声明師会連合会※が毎年行う声明師を対象とした研修会に「他道に学ぶ」というコーナーを設け、様々なジャンルの方に来て頂きお話を伺い、研鑽を積もうという意図で20年程前より行われているものです。過去には人間国宝の狂言師・野村萬(のむら まん)先生や、宮内庁式部職楽部(しきぶしょくがくぶ)主席楽長・豊英秋(ぶんの ひであき)先生など多彩な方々にお越しを頂いております。今回、柴田先生には「武道に於ける『声』『形(かた)』の重要性について」という内容でお願いしました。

第1部「かた」について
 私ども僧侶は、合掌の「かたち」・礼拝(らいはい)の「かたち」などをとても重要に考えております。しかし、残念ながら僧侶の全てが正しい「かたち」で行っているわけではありません。極端な言い方をすれば、多少「かたち」が崩れていても、支障はないわけです。第1部では柴田先生には武道の「形(かた)」がいかに大事であるかをお話しいただき、その後東山誠先生との「日本剣道形」太刀七本目までと、「鞍馬流剣術」七本目までの奉納演武を拝見させていただきました。

第2部「こえ」について
 お経は日々のお勤め・法事等の行事の中で僧侶の仕事として重要なものです。しかしただお経を唱えればいいというものではありません。仏天(ぶってん)や、法事等に参列されている方々に聴いて頂く為にはしっかりとした発声が重要です。しっかりした発声を行う為には、それなりの体力や気力を鍛錬しなくてはなりません。剣道の稽古がその両方をしっかり体得するには、とてもよく考えられていると思います。第2部では、剣道の稽古、特に基本稽古である切り返しや打ち込みが、いかに合理的に考えられて行われているかということを参加者にご理解いただく為、東山誠先生と軽部美好先生に実際に防具を着けての基本稽古を、柴田先生の解説を交えて行って頂きました。

まとめとして
  第1部は「形(かた・かたち)」というのは「構え」につながる。そして最終的には「心構え」が重要であるというお話しでした。これは我々僧侶にとっても重要な事であり、いくら厳しい修行をしても、「心構え」が出来てないと意味のないものになってしまうことが良くわかりました。そして「心構え」をしっかりとしたものにするためには、見た目の「かたち」を鍛錬することが重要であるということを「日本剣道形」や「鞍馬流剣術」を拝見し、感じました。
 第2部では柴田先生の細やかな解説を交えながら行われた、東山先生と軽部先生との気迫に満ちた基本稽古を、拝見し、「声」というものが「気迫」につながり、「発声」の良し悪しがその場の緊張感を作っていくのだなという事が、非常に良くわかりました。
 今回約120名の参加者がありましたが、剣道に興味のない方も多数いらっしゃいました。そんな中で参加者一同が固唾を呑んでお話を伺い、実技を拝見しました。企画者である筆者としましては、大成功だったと思います。最後に柴田先生・東山先生・軽部先生にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。
   
 (日蓮宗全国声明師会連合会 事務局長 四谷 法恩寺副住職 吉田穣覚)



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