2009年06月25日

読書中

 ご無沙汰していました。随分と書き込みをしていませんでした。
 剣道雑誌が送られてきましたが、八段合格者のお話の中で、目標を持って稽古する、意識する、分析する、如何にしたら合格できるか、等々勉強になることが一杯書いてありました。じっくり読んで研究したいと思います。 

 目標を持って生きることは充実した生活をおくるために役立つ。「自分を育てる」ことを自分の人生目標に加えてみること。すると、自分を育てることは幸せに暮らす習慣や能力を向上させる。日常生活で遭遇する問題を自分を育てる材料とし、目標を持ってそれを実現するために努力する。そういう心構えと経験が自分を育てる。自分を育てなければ、昇段は望めない。ですよね。

 目的は、目標を具体化し、面白くする。目的に支えられない目標は、面白くないし、楽しくない。目的とは、理念であり、生き方である。人生の目的は、理屈の脳で捏ね上げるものではなく、心で感じるものである。では、どうしたら、人生に生きる意味と価値を与えてくれるような、素晴らしい目的を持てるのだろうか。
 「人生の目的が見つかる魔法の杖」より
だだいま、この本を読書中。では、また。




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2009年06月11日

第20回柴田杯

 第20回柴田杯剣道大会を9月6日(日)に開催することになりました。お忙しいこととは存じますが、予定しておいて頂ければ幸いです。関係各位には改めてご案内をさせていただきます。今年は20回目の節目の年になりますので、例年以上に盛大に開催できればと思っておりますので、よろしくお願い申し上げます。



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2009年06月04日

稽古をさぼるとは何事か

 日曜日に、祖母の33回忌法要を行ないましたが、今日が命日です。
 私が高校1年の時だったと記憶しています。小さい頃から、かわいがってもらった記憶が多いのですが、一つだけすごく怖いイメージが未だに焼きついて残っています。それは、小学生3?,4?年生の頃、剣道の稽古をずる休みしたときのことです。その当時は、家には道場がなく、四谷警察へ稽古に通っていました。何で稽古に行かなかったかは、今ではわかりませんが、稽古を休んで押入れの中に立てこもっていたとき、祖母の春江おばあさんが、いつもはとても優しいのですが、このときだけは、おにばば?(ごめんなさい)のような形相で押入れの前に立って一歩も引かない状況が記憶に残っているのです。その後、押入れから、引きずり出されて、「うちは、今では道場がないが、剣道の稽古をさぼるとは、何事か?」と叱責されたのを覚えています。後にも、先にもこの一回だけの記憶が強烈に残っているのです。
今では、お蔭様で自宅に道場が復活してやっておりますが、その当時の祖母、父の気持ちを考えると、、、、、。柴田家、そして習成館の関係者の並々ならぬ努力で道場が再興されたことを考える一日となりました。合掌。

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2009年05月25日

月刊[武道」5月号 

cc27113d.JPG月刊[武道」5月号p163「古武道のひろば」に掲載されましたので、以下に紹介させていただきます。

 池上本門寺で奉納演武  鞍馬流剣術

 平成21年2月19日に鞍馬流第18代宗家・習成館館長柴田章雄先生による講演と奉納演武が、日蓮宗大本山 東京 池上本門寺にて行われました。

この企画は、主催者である日蓮宗全国声明師会連合会※が毎年行う声明師を対象とした研修会に「他道に学ぶ」というコーナーを設け、様々なジャンルの方に来て頂きお話を伺い、研鑽を積もうという意図で20年程前より行われているものです。過去には人間国宝の狂言師・野村萬(のむら まん)先生や、宮内庁式部職楽部(しきぶしょくがくぶ)主席楽長・豊英秋(ぶんの ひであき)先生など多彩な方々にお越しを頂いております。今回、柴田先生には「武道に於ける『声』『形(かた)』の重要性について」という内容でお願いしました。

第1部「かた」について
 私ども僧侶は、合掌の「かたち」・礼拝(らいはい)の「かたち」などをとても重要に考えております。しかし、残念ながら僧侶の全てが正しい「かたち」で行っているわけではありません。極端な言い方をすれば、多少「かたち」が崩れていても、支障はないわけです。第1部では柴田先生には武道の「形(かた)」がいかに大事であるかをお話しいただき、その後東山誠先生との「日本剣道形」太刀七本目までと、「鞍馬流剣術」七本目までの奉納演武を拝見させていただきました。

第2部「こえ」について
 お経は日々のお勤め・法事等の行事の中で僧侶の仕事として重要なものです。しかしただお経を唱えればいいというものではありません。仏天(ぶってん)や、法事等に参列されている方々に聴いて頂く為にはしっかりとした発声が重要です。しっかりした発声を行う為には、それなりの体力や気力を鍛錬しなくてはなりません。剣道の稽古がその両方をしっかり体得するには、とてもよく考えられていると思います。第2部では、剣道の稽古、特に基本稽古である切り返しや打ち込みが、いかに合理的に考えられて行われているかということを参加者にご理解いただく為、東山誠先生と軽部美好先生に実際に防具を着けての基本稽古を、柴田先生の解説を交えて行って頂きました。

まとめとして
  第1部は「形(かた・かたち)」というのは「構え」につながる。そして最終的には「心構え」が重要であるというお話しでした。これは我々僧侶にとっても重要な事であり、いくら厳しい修行をしても、「心構え」が出来てないと意味のないものになってしまうことが良くわかりました。そして「心構え」をしっかりとしたものにするためには、見た目の「かたち」を鍛錬することが重要であるということを「日本剣道形」や「鞍馬流剣術」を拝見し、感じました。
 第2部では柴田先生の細やかな解説を交えながら行われた、東山先生と軽部先生との気迫に満ちた基本稽古を、拝見し、「声」というものが「気迫」につながり、「発声」の良し悪しがその場の緊張感を作っていくのだなという事が、非常に良くわかりました。
 今回約120名の参加者がありましたが、剣道に興味のない方も多数いらっしゃいました。そんな中で参加者一同が固唾を呑んでお話を伺い、実技を拝見しました。企画者である筆者としましては、大成功だったと思います。最後に柴田先生・東山先生・軽部先生にこの場をお借りして厚く御礼申し上げます。
   
 (日蓮宗全国声明師会連合会 事務局長 四谷 法恩寺副住職 吉田穣覚)



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2009年05月19日

末は鞍馬の さかさまの世ぞ

 先週、鹿児島に行ってきました。尚古集成館にも行きました。そこで、「子どもたちに、、、いにしへのいろはことば」という本を購入してきました。この中に、「日新公いろは歌」47首の人生訓が載っています。450年以上前に作られた歌で、今なお鮮やかに語りかけてくる力に驚かされます。その中に、鞍馬という言葉が目に飛び込んできましたので、紹介させて頂きます。

 苦しくと すぐ道を行け 九曲折(つづらおり)の
    末は鞍馬の さかさまの世ぞ

  (苦しくても、正しい道を歩みましょう。
   楽な方をえらび 曲がったことをしていると、
   その結果は自分の身を ほろぼすことになります。)

 「九曲折」とは、曲がりくねった坂道の意。「鞍馬」は山城の国の鞍馬山のことで、「さかさま」の「さか」にことばのあやでつづいている。即ちこの歌の意は、どんなに苦しいことがあっても、正しい道を歩め。もし、苦しいことに負けて、曲がったことを行けば、末はさかさまの世になって自分の身を滅ぼすことになる。どんな時にも境遇におし負かされることなく、自分の信念にむかって邁進しなければならない。
 

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2009年05月08日

稽古再開

 今日からまた稽古が始まりました。
 少年稽古のなかで、防具をつけて間もない小学1年生が、稽古の最中、胴が外れて痛さを堪えて頑張ったのですが、しまいには泣き出してしまいました。しかし、その後がすばらしかった。むせぶような声で、相手に向かって行きました。そして、しばらく鳴きながらも打ち合っていたら、また、胴が上側にはずれて、わきの下あたりに直撃してしまいました。一瞬、沈黙の後、少年はさらに大きな声を上げて相手に向かって、かかっていったのです。この進歩、少年ながら、あっぱれでした。2回目にはずされ、普通なら戦意喪失でさらに大きな声で泣き出して稽古をやめてしまうかと思ったら、今まで以上に気合を入れて立ち向かって行ったのです。この前向きな姿勢を大人も見習わなくてはいけないと感じました。少年なりの一生懸命の稽古だったのです。大人の稽古もこの少年の必死さが求められているのではないでしょうか。剣道は上手から学ぶことはもちろんですが、下手から学ぶことの多いこと。立場を代えて見る、目付けですね。小学1年生のS田くん、頑張りました。

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2009年05月06日

京都

 八段審査、3日間朝稽古参加、武徳殿での立会い、下鴨神社奉納演武、白峯神宮奉納演武と忙しい京都になりました。もう二十年近く京都には連続で行っていますが、今年の違う所は、やはり八段受験解禁でしょう。何年かかることでしょう?
 もうひとつ、今年の違う所は、3日間朝稽古に参加したことです。3日間全部に参加したのは初めてのことです。やはり落ちたことのショック?でしょうか、今までの私では考えられません。急に真面目になってしまった?感じです。
 真面目に稽古に参加したお陰で、大阪の石田八段に稽古をお願いできました。どっしりしていて、かつ早い。私より重そう?に見えますが、早いの何のって棒立ちでした。体重とスピードは関係がないことが良くわかりました。すべての打突を打ち切っていました。少しでも近づけるように練習します。
 空き時間を利用して、大徳寺大仙院に行ってきました。沢庵漬けで広く知られた七世沢庵和尚が書院「拾雲軒」で宮本武蔵に剣の極意を授けたといわれていますが、その部屋で静座してきました。何か強くなった気がしました。単純すぎる?でも気持ちが落ち着くよい部屋でした。見学後、尾関宗園住職と話す機会があり、「今こそ出発点」にサインまでして頂きました。

 「今こそ出発点」

 人生とは毎日が訓練である 
 わたくし自身の訓練の場である 
 失敗もできる訓練の場である 
 生きているを喜ぶ訓練の場である 

 今この幸せを喜ぶこともなく 
 いつどこで幸せになれるか 
 この喜びをもとに全力で進めよう

 わたくし自身の将来は
 今この瞬間ここにある
 今ここで頑張らずにいつ頑張る

  京都 大仙院 尾関宗園

 この色紙を見える所に貼って、明日から、いや今から頑張ります。

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2009年04月18日

武は戈を止める

1bd09e02.jpg 日本古武道振興会主催の浅草第27回日本古武道大会に出場してきました。
 例年行なわれてきた台東区リバーサイドスポーツセンターが改築中の為、今年は台東区立浅草小学校体育館で行なわれました。
 本日のプログラムの最初の「ご挨拶」の中に、古武道のことが書いてありましたのでここに記します。

 今日まで数百年の長きにわたり綿々と伝えられてきた古武道は、流祖、先師等古人が生と死を賭けた戦場で習得した実戦の武術でありますが、それが武士の誉れの信条であります仁、義、礼、智、信と一体となり、静と動の様式美さえ醸成され、日本の誇るべき伝統文化財となったものであります。そしてこの古武道は現代武道の剣道、柔道などの源であるとともに歌舞伎、能などの芸能、演劇、文学、映画、美術などの日本文化に大きな貢献をしており、日本語にまで影響を及ぼしております。日本古武道は正に日本文化の時空を超えた表象文化とも言えるものであります。外国人も入門する方が増えてきております。

 そしてプログラムの最後の方に、

「武は戈を止める」と申されております如く日常の武術修錬によって得た心技体の実力をあくまで表面に示さず謙虚に余裕をもって自己及び周囲を洞察する心と体を養うことにあります。

 現代武道の剣道をやる方々にも、お伝えできればと思い書きました。内容がある文ですよね。

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2009年04月13日

浅草古武道大会

 日本古武道振興会主催の浅草第27回日本古武道大会が開催されます。
 鞍馬流も出場しますので、ご都合が宜しければ、是非ご見学下さい。

出場者  柴田章雄 松井康一 2名
期日  平成21年4月18日(土) 11時演武開始
    鞍馬流は、午後で13時は過ぎる
    と思われます。

場所  台東区立浅草小学校体育館
    台東区花川戸1−14−15
    例年行なわれてきた台東区リバーサイド
    スポーツセンターが改築中の為、
    今年は近くの小学校になりました。

道順  営団地下鉄銀座線の浅草駅下車、浅草松屋デパート東側道路を約5分北進し、バス停「花川戸」標識のところで左折(二天門通り)するとすぐです。




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2009年04月07日

京都大会組合せ

 今年の京都大会組合せが、全剣連のHPに掲載されました。準備をしっかりやって、悔いの残らないような立会いをしたいと思います。これが難しいんです。毎年京都には行っていますが、後悔ばかりです。今年は、その後悔もほんのちょっとにできれば、と思います。
 小川忠太郎先生が、講演した時の内容を読んだことがありますが、その内容を以下に引用します。
 
 「無縄自縛」という言葉がある。剣道で例えるなら、相手の方が自分より強そうとか、反対に弱そうだ、、、と自分を縛った目でみる。自分自身を束縛していたのでは、いい動きができるわけがない。他人に縛られた縄なら他人に解いてもらわねばならないが、自分で縛ったものなら自分で解けばよい。一切のものが自分の心の中にあるのだから。修行をするということは、自分を縛っている縄を断ち切ることだ。言葉を変えれば、そんなもの捨ててしまえば「一念不生」だけが残る。だがここまで来られた人でも、「俺は名人になった。だからこれ以上の修行は必要はない」と考える人がいるかも知れないが、こういう人は早い時期に「一念不生」から脱落してしまう。ようやく、一念にたどり着いたところで手を抜けば、それまでの修行が水泡となって消えてしまう。人間は死ぬまで修行、生きている限り修行を続けることが大切で、忘れてはならないのであります。
(昭和56年6月神奈川県立武道館にて)


 「一念不生]とは、一片の妄心も起こすことのない、澄みきった境界に達する、ということ。ここまで到達できたら日本では神様。ところが、「一念不生」の素質は人間なら誰でも生まれたときから享有している。だから、「自分も持っているから出来る」と信じること、すなわち「自信を持つ」こと。自分以外の神や仏を信ずるのではなく、自分を信じなさい、根本はそこにある。
 

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2009年04月05日

第49回東京剣道祭

e1c200dd.jpg 桜満開の今日、第49回東京剣道祭が東京武道館で開催されました。東京武道館前の桜も満開で、会場に入る前にカメラに納めてしまいました。桜の向こうに剣道祭の看板が見えますね。試合は引き分けでしたが、色々と勉強になる良い一日になりました。

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開会式

7bc0d4f6.jpg
 第49回東京剣道祭が東京武道館で開催されました。開会式で、伊藤会長は、新渡戸稲造の武士道について、佐藤審判長は、サムライジャパンのイチローの最後のヒットを打ったときの態度について、お話がありました。「武士道」、「侍」、他の競技をしている人達より、剣道をやっている私達の方が身近で良く考えている、あるいは実行していることも多いと思っていましたが、、、含蓄のあるお話でした。

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2009年04月03日

桜満開

3d0fd038.jpg 四ツ谷の土手の桜も満開に近いです。
 この週末は、絶好の花見時なのですが、東京剣道祭もあるのでそうはいきません。そこで、仕事帰りにカメラに納めてきました。金曜の夕方でしたので、若い新入社員らしき人達が買出しやら、場所取りやら、何かと忙しそうに動いていたのが印象的でした。写真でお花見気分をどうぞ。

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2009年04月02日

マウスパッド

a16fb546.jpg これが特製マウスパッドです。3枚頂きました。

shuseikan at 19:59|PermalinkComments(0)

こんにちは新年度

a3b484d1.jpg 今日から新年度のスタートですね。
 全剣連から、ホームページコンテスト2008受賞記念として賞状と全剣連特製マウスパッドが送付されてきました。実は、1週間位前には到着していたのですが、写真を撮るのが遅れてしまいました。ゴメンなさい。
 会長名入りの賞状を見ていると、受賞の実感が湧いてきて嬉しさもひとしおです。今年度は一人でも多くの人が、昇段審査に合格して会長名入りの賞状を手にして頂きたく思いました。やっぱり会長名入りの賞状はいいですよ。
 今年度のスタートにあたり、皆様方の平成21年度が良い年度になることを祈念申し上げます。皆さん頑張りましょう。

shuseikan at 00:59|PermalinkComments(0)
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